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夜の影

第36章 裏・返し

【智side】

オイラに見せるようにリボルバーの銃を鏡に映してから、また腰の辺りに当てる。

「言っとくけどモデルガンじゃない。実装済みだ」

馬鹿にしたように笑った。

「個室に入れ」

喉元のナイフを下げて、顎で指示された。
手に石鹸の泡を付けたまま個室に入ると、鍵を掛けられる。

また、顔の前にナイフが来た。

こいつは一体誰なんだ?

分かんないけど多分、ケン君ではない。
ケン君はもっと可愛い感じの顔だった。
コイツじゃない。

ハヤシさんのことばかり警戒していて、全く予想外の出来事だった。頭が回らない。

相手の体格はオイラと大して変わらないから、武器さえ無ければ何とかなるかもしれない。
けど、殴り合いなんて、そこまで激しいケンカは今までしたことがなかった。

肘を入れたらバランスを崩して倒れるかも。

いや駄目だ、ナイフがある。

考えていると、男はオイラの耳元に口を近づけて、小声で訊いた。

「お前、誰だ」

それを訊きたいのはこっちだよ!

「名前を言え。本名だ」

「…………」

黙っていたら、腰の拳銃を強く押しつけられた。

「……っ……大野、智」

「オオノ、サトシ。文字は?」

「大きいに野原の野、知るに日で智」

「大野智、訊かれたことにだけ答えろ。
言う通りにしないと暁の社長を殺す」

「えっ!!」

今、何て?

「昼間、三人で公園に行った理由は?」

早口に言われて頭が混乱する。
何から説明すればいいか分からない。

殺す? ヒガシヤマさんを?

「ケ、ケン君、あっ、とっ、友達をさがして」

そう言うのが精一杯だった。

「……もう一人いた男は誰だ」

「サカモトさんのこと?」

「…………」

訊き返したら少し間があって、顔の前からナイフが消えた。音がしたから、刃を収めたんだろう。

これで、あとは拳銃だけだ。
どうする? 肘を入れてみる?
それとも足を踏んづけてやる?

考えてはいるけど、体が動かない。
突然目の前に手が現れて視界が奪われた。
両のこめかみをグッと押される。

「大野智。お前の名前は俺が預かった。
目を閉じろ。
筋肉の動きでわかるぞ。
ちゃんと目を閉じるんだ。
暁の社長が死んでもいいのか」

言葉と同時に、また拳銃が体に押し付けられた。
カチリと音がする。
撃鉄の音だ。

オイラは言われた通りに目を閉じた。


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