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夜の影

第38章 時代

【智side】

公園に着いたのは、敷地内の時計が間もなく12時を指すところだった。

通りは無人で、積もった雪のせいか何の音もしない。シーンと静かだ。
降り止んだ雪が淡く発光してるみたいで、世界が青に染まって見える。
凍り始めてる足元をザクザク踏んで、敷地の中に入って行った。

手袋をしてない手が冷えて。
日中ここを訪れた時、あの人がオイラの手を自分のポケットに入れてくれたことを思い出した。

ブランコの周りにある背の低い鉄パイプの柵を、ザッと手で撫でてから腰を下ろす。

『健がお前に会いたがってるから』

ホテルでゴウという人がそう言った。
ほんとにケン君、ここに来るのかな……。



催眠、って初めて掛けられたけど、まったく憶えてないわけでもないのが不思議だった。

意識が完全になくなるわけじゃないんだ。
ただボンヤリして、頭が動かなくなる、っていうか。声が全てになって、時間が無くなって、いろんなことを疑問に思わなくなる。

上手く言えないけど、究極のリラックスと言うか、ボンヤリの状態に物凄く集中してる感じ?

トイレで会った時のことは、スコンと記憶から抜けちゃって思い出せないんだけど。ホテルの部屋であったことは何となく憶えてて。

ケン君が待ってるから公園に行かなくちゃ、って思ってここまで来た。

『健を逃がすチャンスは今しかない。
あいつは今の自分を兄貴には見せられないと思ってる。兄貴に会いたくても、自分からは会いに行けないんだ。
でも、昼間公園に居たのがお前だって言ったら、嬉しそうに笑ってたよ。
船に乗る前に会って話したい、って。
だからお前に頼む。
あいつが兄貴の所に戻れるように助けてやってくれ』

服を着せられて、気持ち良くぼーっとしたまま、話をただ聞いてた。

ゴウという人の顔はずっと微笑んでて、何でもない普通のことを言ってるみたいな口ぶりだった。



頭が全然回らない状態で、それでも解ったことがある。

ゴウはケン君を凄く大事に想ってる。
おかしいかもしれないけど、オイラにだって結構優しかったような気がした。


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