テキストサイズ

夜の影

第39章 voice

【健side】

「最初は信じなかった。
親切な教会のお兄さんが、いろいろ教えてくれてるんだと思って。
上手いんだよ、やり方が。
いかにも助けてる感じに言うわけ。
でも何回も言われてるうちに、洗脳、じゃないけど丸め込まれたんだね。
兄ちゃんのこと、信じられなくなっていったんだ」

実際、あの頃の兄ちゃんは疲れ切ってた。
今のオレに当時の兄ちゃんと同じことが出来るか、って言われたら、とても無理だ。

仕事では下っ端で肉体労働だったし、帰ってきたら食事の支度をして。
銭湯に行けない日はお湯で体を拭いて、コインランドリーに行って。
まとわりついてくる小さな弟と遊んでやって。

「たまたま前の日の夜、ちょっとケンカして。そしたら兄ちゃんが夜中に外に出て行ったの。
次の日、林に、昨日の夜お兄さんがまた相談に来たよ、って言われて。
信じちゃったんだよなぁ。
お兄さん泣いてたよ、って言われてさ」

「そんな……酷い」

サトシ君がオレの腕に触れて、ギュッと力を入れる。

大丈夫だよ、もう、過ぎたことなんだ。
サトシ君がショックを受ける必要なんてない。
今のオレには剛がいる。

「外国に子供にも出来る仕事があって、お兄さんにも毎月お金を送れるんだよ、って。
施設に行くのとどっちが良い? ってさ。
まあ、確かに子供でもやれる仕事だったけどね、はははは!」

「…………」

グスッとサトシ君が鼻をすする音がする。

「泣くなよ~」

「ごっ、ごめんっ」

頭をわしゃわしゃ撫でながら明るく聞こえるように言った。

「また会えると思ってなかったから、嬉しかったよ。
オレのこと、憶えててくれてありがとう」

「うっ、うんっ……っ……」

「懐かしいなぁ」

二度と戻れないと思っていたこの町。
共に家族の帰りを待ちわびて、一緒に遊んでいた幼馴染。

サトシ君は、オレにとっては一つ下の弟みたいな子だった。


ストーリーメニュー

TOPTOPへ