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夜の影

第40章 恋

【紀之side】

タクシーに乗って、運転手に可能な限り急いで欲しいと伝えた。先にチップ込みで充分な金額を渡したせいで、機嫌よく了承してくれる。

一先ず智の居場所がわかったことでホッとしたのか、ドッと力が抜けた。
疲れた体をシートに沈めると、最近になって自覚するようになった痛みがまた始まる。

我慢出来ない程ではないが、これを放置しているのはまずいだろう。
他人事のように思いながら目を閉じた。

長生きなぞ頼まれても御免だが、抱えている玉がまだいる。全員の年季が明けるまで俺には責任がある。
良い機会だ、Mr.Chanのこともあるし、もうマツオカには現場を上がってもらおう。

頭の中を現在進行中の様々な出来事が過っていく。



智はどうしているか。
あのアシスタントの口振りから推し量るに、教団とやらへの捧げものにする予定だったならば、恐らく暴力を受けるようなことは無かっただろうが。

林がアキラに手を出したかどうかだな。
肉体的な事だけでなく、精神的なダメージを受けていなければいいが。

それに、サカモトは弟に会えただろうか。
連絡がないところを見ると、まだ会えていないのかもしれない。



あのアシスタントは、サカモトの弟のことしか考えてなかった。
ケンとは相当な繋がりだ。

「…………」

さっきの少年の顔を思い出すと、気持ちが分かり過ぎて溜息が出てしまう。
俺も傍から見ればあんな風だったのだろうか。

決して敵わない想いを捨てることも出来ず、ならば陰ながら支えていこうと決めて。
穏やかに、平和に生きていてくれるなら、自分が傍に居られなくとも構わなかった。

同じ空の下で生きていてくれたら、自分が一人で居ることなど何ほどのこともない。
どうせ、生まれた時から一人なのだから。
愛する人がいて、幸せを祈れる相手が居ること自体が奇蹟のようなものだ。

姉が死んで、俺の胸にたった一つだけ存在していた愛は消えた。
あれから俺は人生を持て余す一方で。
生きていく理由が必要だった。

それが二宮家への復讐であり、カズを生かすことであり、玉を社会に戻してやること。

僅かながら縁のあった人達に対して、俺に出来ることをする。俺の理由はそれだけ。

何をしたって、姉が戻って来るわけでもない。
もう俺自身の望みは叶わない。
生き甲斐など持てる筈もなかった。



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