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夜の影

第40章 恋

【紀之side】

自分自身の投影に過ぎないのだろうが、あのアシスタントも俺と同じように見えた。
救われたいなどと微塵も思っていない俺に、同類の彼は救えない。
アイツの心を動かせるのは、多分ケンだけだろう。

「戻らないかもしれない……」

サカモトがケンを連れて戻るとは考え難い気がした。
無事に会えていれば、あいつは今度こそ弟の手を離さず守り通すだろう。
ケンが日本へ戻らないと決めれば、サカモトもあちらへ行くということだ。
俺の元には帰らないかもしれない。



急いでと伝えてあったが、信号で止まる度に車は慎重に速度を落とす。
路面が凍っているから気を遣っているのだ。
ずぶ濡れになった足が冷えて痛いほどに感じられた。
智が震えていなければいいが。



信じない、と言ったあのアシスタント。
当然だ。
あの子はケン以外、何も信じていない。
俺が姉のことしか信じていなかったように。

不思議なものだ。
暁の玉やスタッフ達は何故俺を信じているのだろうか。
こんな、生きる甲斐もない男の何を。

ああ、もしかしたら、俺の中に叶えたい望みが無いのを感じ取っているからなのかもしれない。
儲けようとは思っていないからな。

愛を奪われた憎しみは確かにある。決して許せるものではない。
だが、それだけで生きていけるものでもなく、年月がたつごとに心中では諦めが勝って来ている。

今の俺を生かしているのは、むしろ引き受けた責任や義務の方なのもしれないな……。



ベッドの中で、俺を信じられるか、と訊いた時、智は信じると言った。

『淋しさにつけ込むような真似をして』

ヒロに言われたセリフが蘇る。


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