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始まりは冬の夜から

第1章 Act.1

「どうして笑う?」

「いえ」

 私はなおも笑いながら、続けた。

「椎名課長、何だかお父さんみたいだな、って。『美味いか?』とか、まるでちっちゃい子供に訊いてるみたいで」

「そうか? 親父みたいか……」

 椎名課長はひとりごちると、複雑な表情を浮かべた。
 もしかしたら、気分を害してしまったのだろうか。

「あの……、失礼なこと、言いました……?」

 私は笑いを引っ込めておずおずと訊ねる。

 すると、椎名課長は私に向き直り、「いや」と首を横に振った。

「確かに藤森の言う通りだ。ついつい気になって、つまらんことを訊いてしまった」

「別につまらないことでもないですけど」

「けど、当たり前のことを訊かれて呆れたんじゃないか?」

「呆れてもいませんよ。でも、ちょっと可愛いな、とは思いましたけど」

 無意識に口にして、私はハッとした。
 『可愛い』だなんて、上司に、しかも十以上も離れた男性に使うような形容詞じゃない。
 これこそ、失礼極まりない発言だった。
 けれど、一度出てしまった言葉を取り消すなんて当然出来ないから、「すいません、つい……」と消え入るような声で謝罪して、椎名課長から視線を逸らした。

 椎名課長の手が私に向かって伸びてきた。

 ――まさか、叩かれるんじゃ……!

 私は咄嗟に思い、目をギュッと強く閉じた。

 ところが、椎名課長は私を叩くことをしなかった。
 それどころか、その手は私の片頬に触れ、指先で優しく撫でてくる。

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