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Melting Sweet

第5章 Act.5

「店は……、まあ、良く言えばレトロです。でも、ここの料理はほんとにどれもハズレがないです。いい酒が揃っていて、おまけに料理も絶品。そして値段はリーズナブル。今時、こんないい店はないですよ。女将は愛想があまりないですけど、よく気が付く人ですから。先を見越して、こうして酒の追加もちゃんと持ってきてくれたでしょ?」

「確かに。ここまで気配りのある人もなかなか珍しいかも」

「長いこと商売をしてるから、酒に強いかどうかはだいたい一目で分かるらしいですよ。だから、唐沢さんも相当強いと一発で見抜いたんでしょうね」

「――それって、喜んでいいもんなの……?」

「悪いことじゃないと思いますよ」

 杉本君は口元に笑みを湛えながら、お通しのレンコンのきんぴらに箸を付ける。
 シャキシャキと噛み砕く音が聴こえて、食欲をそそられる。

「話を戻しますけど」

 一度箸を置いた杉本君は、一杯目の枡に溢れていた日本酒を、コップに移さず一気に喉に流し込んだ。

「俺はこうして憧れの人とふたりで酒が飲めるのがほんとに嬉しいんです。ずっと声をかけたいと思っていたけど、気軽に誘うなんてさすがの俺でも出来ませんから。仕事絡みならば別ですけどね。
 こんなことを言ったら唐沢さんの気を悪くするかもしれませんけど、今日の送別会はいいきっかけになったと思ってます。――唐沢さんが二次会に参加しないと分かった時点で、チャンスだ! って心の中で叫んでました」

 そこまで言うと、杉本君が真っ直ぐな視線を私に注いでくる。
 何となく気になっていた、杉本君の〈本当に好きな人〉。
 自惚れにもほどがあるとは思った。
 けれども今、杉本君は確かに私に対し、『憧れの人』と言った。

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