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お稲荷こんこん

第2章 ばあちゃんのこと

窓から、朝の綺麗な空気が入ってきて。
私の部屋を満たしていく。
そして、ゆっくりと目覚めて。

ほら…もう私はひとりで起きられるんだから…

頭の中で呟いて。
布団を畳んで居間に行くと、ばあちゃんが座ってお茶を飲んでる。

「おはよう、ばあちゃん」
パジャマのまま座ると、ばあちゃんはぬるめのお茶を差し出して。
「おはよう。よく眠れたかい。」
私はうんうんと頷きながら、一気にお茶を飲む。
起き抜けの乾いた身体に、水分が気持ち良く行き渡る。

人心地つくと、待っていたように。

「りん。朝ご飯の前に、裏に花を摘みに行こう。」
そう言って、仏壇を見た。

そこにはセピア色したじいちゃんと。
白衣を着て笑ってる母親が居た。

うん、行こう。
豪華な仏花よりも、傍に咲いてる控えめな野の花の方が似合ってる。

朝ご飯前にやる事は、花を摘む事だけじゃなく。
掃除道具と朝一番に汲んだ水を持って、二人でお堂に向かう。
戸を開けて風を通して。
身体に染み付いた、一連の行いを始める。

綺麗に清めた後、改めて祭壇に手を合わす。

そのまま、お堂の裏手の方に進んで行くと。
先祖代々の墓がある。
その周りには、いろんな野の花が自生し。
季節ごとに彩りを添える。

その中からいくつか摘んで、墓前に供える。
墓石に刻まれた歴史は古くかすれて、母親の名前だけがまだ埋もれずにはっきりと浮き上がってるようだ。

でも、遺骨は入っていない。
入れたくても…無いのだ。

母親は異国の地で命を終えた。

まるで地獄のような戦地で、自分の使命を全うしようと。
その先の希望を思い浮かべながら、走り切ろうとした筈だった。
そんな母親の想いは、その肉体と共に木っ端微塵になった。
休戦状態は、いとも簡単に破られたのだ。

残ったものは、宿舎に置いてあった少しの荷物。
そして、吹き飛ばされた様子を捉えたニュース映像だけだった。

その荷物は、ばあちゃんの元に戻され。
ひとつひとつをゆっくりと取り出して確かめる。
小さなポーチの中に、腹下しの薬が入っていたのを見ると…ばあちゃんは崩れるように泣いた。

ほんにお前は…肝心なとこが抜けて…
腹下しを持って行ったくせに…
なして、お稲荷様のお札を忘れるん…




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