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お稲荷こんこん

第2章 ばあちゃんのこと

おっちゃんは新聞紙に包まれたお稲荷を受け取ると、またなと手を振って軽トラで走って行った。

私は家に入るとスーツケースを土間に置いたまま。
這うように上がって居間に寝転ぶ。
手足を思い切り伸ばして大の字になって。
微かに、醤油の甘辛い香りがした。

ああ、帰ってきた…
つい声に出して、たっぷりと味わう。
ばあちゃんは通りしなに、寝転ぶ私の頭をコツンと足で小突いて。
「全くどこでも構わずゴロゴロして…。邪魔臭いったらもお…」

それは、寝起きの悪い私を朝起こす時のばあちゃんだった。

ブツブツと言いながらも、台所に立って動いてる。
起き上がった私も台所に行けば、そこには見慣れた風景が。

「お揚げ、煮てるの?」
「そうさあ。りんが帰ってきたら、足りなくなるからなあ…」
そう…。ばあちゃんのお稲荷は、永遠に食べられそうな気がする。

大きな御釜で大量の油揚げがぐつぐつと煮えてる。
いい香りをさせながら。
昔はかまどに薪をくべて煮ていたが、今はガスコンロになった。
ご飯を炊くのも、まだガス釜で。
どうやら、ばあちゃんのささやかな拘りらしい。

その日の夕食は、煮物やら天ぷらやら私の好物が並び。
勿論、お稲荷が大皿に山盛りになっていた。
こんな幸せな食事は、久しぶりだ…としみじみとお稲荷を味わった。

居間の片隅に、私の書いた本や連載してる雑誌が積んである。
気づいた村の人達が、ばあちゃんの為に買ってきてくれるらしい。
果たしてばあちゃんは読んでるのか…。
まあ、敢えて聞かないでおこう…。

仮に読んだ事が無くても。
多少は印税を稼げるようになった孫を、喜んでくれてるとは思ってる。
初めてまとまった印税を手にして、まず始めにやったことは…。

この家のお風呂とトイレのリフォーム。

今はまだ足腰はしっかりしてるけど、ひとり暮らしのばあちゃんには何が起きるか解らない。
思い立った時はすぐに動く。
それが、後悔しないやり方だ。

ばあちゃんは素直に喜んでくれて。
ボタン一つで、ぶくぶくと泡立つお風呂に感動して。
極楽ってこんな感じかと…。
いやいや、まだまだそれは早いから。

もう暫くは、ばあちゃんのお稲荷を食べていたいんだから。

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