お稲荷こんこん
第3章 それからのこと
帰って来て二日目の夜に、今夜は奥の間で過ごすと決めてばあちゃんに告げた。
ばあちゃんは頷きながら鍵を渡して、ゆっくりお話しておいでと言った。
日暮れを待ってお堂に向かう。
ランタンとお稲荷を持って。
奥の間の戸を開けると、懐かしい空気に包まれる。
ああ…これだ…。
ぼんぼりを灯してお稲荷を供える。
目を閉じて手を合わせると、口の中で静かに唱える。
今夜は夢の中じゃなくて、目の前に現れて欲しいなあ…。
お狐様の絵を見上げて呟いてみる。
ふと思いついて、持ってたキーホルダーのお狐様もお稲荷の隣に供えて。
どうですか、これ。この絵よりは随分と可愛くなってて…結構良いと思うんだけど…。
淡い明かりに照らされて、キーホルダーはぼんやりと光り始めた…ように見えた。
やっぱり…光るの…?
じっと見つめていたら、頭の中にふいに。
狗鈴…よう来たな…。
来たっ…。そう思ったらキーホルダーを掴んで凝視していた。
ここに居るの? そうなの?
掴む手に自然と力が入る。
我が姿を現わすのは、守り人の前だけ…
あとは札を持ち信心する者なら、こうして声が届ける事もあるだろう…
狗鈴なら札は無くとも良いが、せっかく憑代があるのでな…
それが、このキーホルダーなのね。
お札の代わりに。
ばあちゃんがちゃんとお祈りしてくれたから…。
ああ…そういう事だ。
あまり強く握るな。苦しいからのう…はっはっは…
…お狐様ジョーク…マジか…
いや、それよりも聞きたい事は沢山あるのに…咄嗟に出てこない…。
狗鈴が初めてばあに抱かれてここに来たのは、産まれてすぐのことだ。
大人しく抱かれてながら、仔犬のような眼で不思議そうに辺りを見回して…手を伸ばして鈴を転がしたような可愛い声で笑うのだ…。
転がる鈴…。それで、こりん…と。
仔犬のような…だから、狗の鈴…。
そういう事なのか…。ずっと知りたかったんだ…良かった…。
霧が晴れたようなホッとしたような、そんな気分になった。
ばあちゃんは…と言いかけて、ふと躊躇した…。
お前が知りたい事は解っておる。
我は人の寿命に関わる事は出来ない。
その天寿を見守るだけ…。
出来るだけ…ばあと共に居てやることだ…。
そう…そうだよね。
うんうんと何度も頷いていた。