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お稲荷こんこん

第4章 これからのこと

「働き方改革ってんですか? 有給を消化しろってブーブー言うから…」

諭吉がばあちゃんちの居間に座って、私が淹れたお茶を啜ってる。
何だ、この状況は…。
「それで…おばあちゃんの様子はどうなんすか?」
少し改まった口調に、すっと現実に戻され。

「あのね。どうやら…いけないらしい。明日か明後日か…解らないけど。」
「そうなんすね…。」
少しの沈黙の後、そうそうとスマホを取り出して。

「ここの稲荷堂って縁結びで密かに人気が出始めてるみたいっすよ。ググったら、一発で住所が出てきたし。」
ググったのが、ここに来るためなのか自分の縁結びのためなのかは…この際気にしないでおこう。

「まあ、ともかく…何かありがとう。驚いたけど少しだけ心強いよ。」
そう…。ビックリした後に少し安心したのは正直な気持ち。
いつもの自分をちゃんと取り戻せる気がするから。

ホッとしたら、急激にお腹が鳴った。
そういえば、朝から飲み物くらいしか口にしてなかった…ようだ。すっかり忘れてた。

「食べるの忘れてたんでしょ? まるで締め切り前の追い込みじゃないすか。そんな事だろうと…」
持ってたリュックからガサガサとコンビニの袋を取り出して。
中にはおにぎりやらパンやら、すぐに食べられる物が。

諭吉、ナイスプレイ。
かつて部活の中で、世話焼きおばちゃんと言われた後輩だけの事はある。

二人でおにぎりを食べてると、まだ途中の原稿を思い出して。
「残りは今夜中に終わらせるよ。そしたらすぐに戻れるから…」
有給をエンジョイ出来るよ…と言おうとしたら。

「あ、有給はたっぷりあるから問題無いっすよ。お泊りセットも持ってきたし。」
まるで恋人の部屋に泊まりたくて必死なヤツみたいだぞ、諭吉。

「解ったよ。布団の上げ下ろしは自分でやってね。」

台所に入ると冷蔵庫をチェック。
そして、大釜に目が止まり。
ああ…やっぱりばあちゃん、暫くお稲荷を作れないでいたんだな…。
油揚げのストックは、そんなに多くは無い。

自然と身体が動いていた。
大釜を洗って調味料を用意して。
よしっ…と声に出して気合いを入れた。

「はい、先輩…」
声に振り向くと、諭吉が立っていて差し出してる。
居間に置いていたばあちゃんの割烹着。
さすが、我が優秀な後輩…。

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