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お稲荷こんこん

第4章 これからのこと

ばあちゃんはもうあまり食べられなくなっていて、腕には点滴が繋がっていた。
私は傍に座り。その動かない腕をそっとさすり手を握って顔を覗き込む。

「ばあちゃん、何か欲しいものある? 私にして欲しい事ある…?」
お狐様に言われた言葉を思い出して。
諭吉は私の後ろに立って、同じように覗きこんで。
ばあちゃんは呟くように静かな声で。

「りん…これも天寿だと思うてなあ…じいちゃんやあの子の元へ行くんは、ちいとも心配はしておらん。でもな…たったひとつの気掛かりはお狐様の事じゃ。ばあがおらんようになったら…一体どうなるか…」
言い終わらないうちに、握る手に力が入る。
「ばあちゃん…。心配しないで…私が…私がちゃんとお守りするから。私はばあちゃんの孫だもの、きっといつかお狐様の姿も見られるように…しっかり
やるから…」

ばあちゃんに安心して欲しくて、一時の方便で言ったのか。
それとも本心がついに言葉になったのか…私自身解らなかった。

ばあちゃんは私の顔をジッと見つめて。
何か言おうとして、ふと視線が上に外れて…にっこりとした。
「ああ…ああ…そうかい、りん…。ありがとうなあ…こんな嬉しい事は無いよ。これでもう…ばあはお役ご免じゃねえ…?」
話しかけてるばあちゃんの視線は、私じゃなくて背後に向かってる。
一瞬、何かの気配を感じ後…。
ばあちゃんと私の手の上に、背後から伸びたもう一つの手が重なり優しく握った。

「ばあよ…。長い間の務め感謝する。天のじいにも宜しく伝えておくれ。狗鈴は大丈夫じゃ。ばあに似て良い子だからの…」

振り向けば、諭吉が今まで見た事の無い穏やかな笑顔を浮べていた。
そしてその声は…。

ばあちゃんは安心したのか眠ったので、とりあえず帰る事にして。
先生にお願いしますと挨拶をして、診療所を出た…らしい。
らしい、というのは…私は暫く思考停止状態だったので。
後から諭吉から聞いて…。

いやいやいや…確かに姿は諭吉なのだが…

ハッと気がつくとお堂の祭壇の前に座っていた。
扉が閉まるとぼんぼりの灯りが中を照らし。
穏やかな笑みのまま、身体をほぐすように背伸びをした諭吉。

「久方ぶりに憑いてみたが…思いのほか上手くいったのう。」

諭吉から聞こえるお狐様の声は、頭の中で響く音とはまた違う不思議な音色だった。




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