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お稲荷こんこん

第5章 新たなこと

ばあちゃんは穏やかな顔をしてた。

看護師さんが夜中の見回りの時に、ばあちゃんの病室から微かに話し声みたいな音を聞いて。
病室に入ったら、勿論ばあちゃんしか居なくて…呼吸が止まってるのを確認したとの事。

声が聞こえたのは気のせいだったのかと看護師さんは言ったけど。
私には気のせいだとは思わない。
ちゃんと、心当たりがあるからだ。

先生と看護師さんが出て、私はばあちゃんと二人きりになった。
ばあちゃんの顔を眺めながら、まだ少しも現実味が感じられなくて…茫然としていた。

狗鈴…

待っていた声が聞こえた。
私は目を閉じて、キーホルダーを握った。

お狐様…ばあちゃんを看取ってくれたの…?
ばあちゃんは、しんどくなかった…?

ああ…ちゃんと傍に居た。
何とも穏やかな最期だったよ。
狗鈴に知らせないで良いのか、と問うたら。
もう別れは済ませたから知らせないで良いと言うてな。

そうなの…。
私よりお狐様に傍に居てもらった方が…良かったのかな…ばあちゃん。

ばあは言うておったよ。
この時間、りんは眠ってるだろうから放っておいてやってくれ。
あれを起こすのは難儀じゃから…とな。

ばあちゃんっ…
最期までそんな事…。私もう起きられるんだから…。

ふっ…と風が顔にあたり目を開いた。
気付けば窓が少し開いていて、カーテンを揺らしてる。
顔を髪を包むような風。
大丈夫かと…撫でてくれてるの?

思わず、犬のようにぶるぶると頭を振り。
いけない…ちゃんとしなきゃ。
お狐様が見てるんだから、やるべき事をちゃんとしないと。

ばあちゃんの顔にそっと触れた。
指先から冷たさが伝わってくる。それが現実の証。

私は必要な事を手短かに簡潔に、諭吉にメールをした。
朝になったら、大下のおっちゃんに連絡しなきゃ…。
それから…それから…。
思いつく限りのやるべき事を、考えていた。

まだ…泣いてはいられない。

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