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お稲荷こんこん

第5章 新たなこと

ばあちゃんを送る宴会は、賑やかに和やかに盛り上がって。
暗くなる頃にお開きとなった。

家に帰って礼服を脱いで。
シャワーを浴びたら、心地良い脱力感。
怒涛の波に呑まれたみたいな何日間だったなあ…。

先にシャワーを浴びたパジャマ姿の諭吉が居間にいた。
「いやあ…盛り上がりましたねえ。どんどん飲まされそうになって、俺逃げ回ってたんすから…」
少しも困った様子じゃなく、楽しげに笑っていた。
「おばあちゃんの話、いっぱい聞きましたよ…みんな大好きだったんすねえ…」

「うん…。私が村を出てから、みんなでばあちゃんを支えてくれた。有難いよ…」
ばあちゃんはもう着いたかな…。
ぼんやりと仏壇の写真を見つめた。

「まあとにかく…お疲れ様っす、先輩」
そう言うと、諭吉が紙袋を卓袱台の上に置いて。
「ん? 私に…?」
何だろうと覗きこんだ袋の中身は。

牛乳と焼きそばパン。

えっ…
驚く私を見て諭吉は意外そうに。
「何すか? いつものお約束じゃないすか」

確かにそうだけど…すっかり忘れていた。
色んな事にかまけて、少しも頭に無かった。
「私全然忘れてたのに…よく…」

諭吉は当たり前な顔で。
「先輩…焼きそばパンを買わせたら、俺はきっと日本一っすよ。高校の頃を入れたら…もうベテランと言って欲しいっすね。忘れる訳が無い…」
えっへんと胸を張ってみせた。

「ありがとう…」
ひとこと言うのが精一杯で、焼きそばパンにかぶりついた。
今までで一番美味しい焼きそばパンを、牛乳で流すと嬉しくて視界がぼやけた。

ばあちゃんが村の人達に支えられたように。
ばあちゃんが居なくなっても、私はひとりじゃない…そう強く感じられた。

強く感じるからこそ、支えられてるだけじゃだめだ。
そんな気持ちが強くなる…。

自分に出来る事を、出来る限りの事を…もう一度考えてみよう。

仏壇の前に座るとチンと鳴らし、供えてたお稲荷を下げた。
私が作った分は先程の宴会で残らず無くなって、これが最後の三個だ。

スマホをチェックしてる諭吉に、その三個を差し出した。
「ベテランの焼きそばパンのお礼としては、まだまだ初心者のお稲荷で申し訳ないけど」

諭吉はさっき食べそびれたんすよ…と嬉しそうにお稲荷を摘んだ。



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