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お稲荷こんこん

第5章 新たなこと

村でやる事を一応終えると、東京に戻った。
暫く放置してた部屋の窓を開けて、片付けを始めた。
帰ると知らせていたので、早速に諭吉がやって来る。
「お疲れ様っす。お帰りなさーい。」
間延びした声と共に。

掃除をしながら部屋を見回す。
この前、不用品を整理しておいて良かったと思いながら。
バタバタ動き回る私を気にも止めずに、私の机にいくつかの書類を置き椅子に座り。
「終わったら言ってくださいねえ…」
こんな時の私の扱いとしては、正解だ。
さすが、長い付き合いの後輩。

気の済むように動いて、やっとソファーに座る。
冷蔵庫から出したお茶のペットボトルを諭吉に投げて。
「さあて、諭吉くん。私は君に報告があるのだよ。」
少し勿体ぶって言うとぐいっとお茶を飲み。
「何すかあ…? 入籍でもしたんすか?」
何を言われるか怯えるように、トンチキな事を口走る諭吉。

「私ね、村に帰ろうと思うの。てか、そう決めたの。村の住民になって、稲荷堂の守り人になる…。」
諭吉の目を見て、キッパリと言った。

一瞬、間が空いて。
「それは、もう決定稿って事っすね? 」
編集者みたいな顔で念押しをした。
「ええ、そう。この部屋はもう少しで更新の時期だから丁度良いと思うの。」

あんな長閑な村でも、ちゃんとWi-Fiはある。
物書きなんてどこでも仕事は出来るのだ。
私は今まで原稿用紙に手書きしてきたけど、それは特に拘りがあった訳では無い。
書き上げた原稿用紙を見る事で、達成感と満足感をより強く感じたかったから。

原稿用紙からデータに変えても、別に何の問題も無いのだ。
必要な時に顔を合わせるのは、近くでも遠くでも同じだから。

「なるほど。了解したっす。俺も村に来いと言われたらどうしようかと…ちょっとドキドキ…」
「そんな事、言うわけないじゃない。あんたには東京に居てもらわないと困るわ。」
困る…? 安堵の表情の諭吉が首を傾げる。

「そうよ。あんたが居なかったら、ばあちゃんの好きな葛餅とか私の焼きそばパンとか…誰が買ってきてくれるのよ。」
当たり前な顔で言うと、諭吉は面白そうに頭をかいた。

「ところで…合コンはどうした?」
「それは…聞かないで…武士の情けっす…」
頑張れ諭吉。ちゃんとお狐様にお願いしてあげるからね。

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