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お稲荷こんこん

第1章 私のこと

流れる景色を眺めながら、ちらりと携帯に視線を移すと時刻を確認。
丁度真ん中辺りかな…。

高校の合格発表の日。
ばあちゃんは赤飯を炊いてくれた。
めでたいと、村中に配ってまわった。
私だって、勿論嬉しかったけれど…。

ばあちゃんをひとり残してしまう事に、気持ちに棘が刺さってるようにモヤモヤとして。
よく話し合って、ばあちゃんも心から応援してくれてるのは解ってる。
それは強がりじゃなく、ばあちゃんの本心だって事も。
でも、それでも…私は謝らずには居られ無かった。

ごめんね、ばあちゃん…
私ちゃんと勉強するから…
手紙も書くし、電話もするから…

少し俯いてる私の頭を、ほれっ…とポンと叩いて。

何を謝ることあるんか…
ばあの心配をするより、自分の事をしっかりせにゃならんよ。
全く寝起きの悪さとらきたら…もう誰も蹴飛ばして起こしちゃくれんのよ。
わかっとるんか、りんよ。

やれやれといった顔で私を見て、そしてケラケラといつものように笑った。
私もつられて笑って…。
笑いながら、ばあちゃんの赤飯をお腹一杯食べた。

私が東京に行った事で、母親とも以前よりも会える回数が増えていき。
母親の仕事ぶりを見ながら、自分の人生を想い描こうとしていた頃…。
母親の一つの決意を聞いたのだ。

ずっと考えていたんだけど、それはきっと今だと思うのよ…。
そう言って話し始めた事。

災害地や紛争地へ派遣されるボランティアの医師団に、参加しようと思ってる…と。
大学病院での後任の医師も育ってきて、出るなら今のタイミングじゃないかと。
そしてそれをやり終えたら…村に帰りたい。
村の診療所で仕事を続けながら、夢だった病院作りをやり遂げたい…。

ああ…この人はどこまでも真っ直ぐで潔い人なんだ。
自分の想いに忠実でひたむきだ…。

私も頑張らなきゃ。
ふと、そう思った。

その年の夏休み、母親と二人で村に帰った。
母親のその決意をばあちゃんに伝える為に。
じっくりと話し合って欲しいから、母親とばあちゃん二人きりにした。

その時のばあちゃんの言葉が傑作。
医師の母親に如何にもな顔で。

「あんた、よその国に行ったら腹壊すから生水は飲んじゃいかんよ。とにかく腹下しの薬は忘れんように。物食う時はよく火を通してな」


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