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お稲荷こんこん

第1章 私のこと

母親から出国が決まったと知らせを受けて、学校帰りに待ち合わせて会った。
そこは紛争地だが、今は休戦状態なので入国が出来る…という事で。
あまり細かいことは話さなかったが、出国の日は成田に見送りに行くと言った。

母親の事だから、そんな事はいいと言うかと思ったら。
ありがとう、と微笑んだ。
笑った顔は、ばあちゃんによく似ていた。

出発の日、私は学校を休んで母親を見送りに行った。
母親は沢山の荷物を預けて帰ってくると、少しバツが悪そうにして。
ばあちゃんから貰った稲荷堂のお札、忘れてきちゃった…そう言った。
これが守ってくれるから持って行けと、ばあちゃんが渡してくれたらしい。
確かに入れたと思ったんだけどなあ…。

肝心な時にスコンと抜ける。
ばあちゃんからいつも言われてた事。
親子なんだなあ…なんて思った。

時間ギリギリまでいろんな事を話して、いよいよゲートの前まで来た。

そこで母親は、まるで映画のシーンのように私を抱きしめて。

ばあちゃんを頼むね。元気でいてね。

何か込み上げてくるものをグッと堪えた。
絶対、笑うんだって決めてたから。

ゲートに進み振り返る母親に、笑いながら手を振った。
母親も同じように笑って。
姿が見えなくなるまで、私は手を振り続けてた。


それが…
母親を見た最期だった。


車内アナウンスに、ふと我に返える。
もうすぐ終点。
期待をこめて空を眺める。
うん、まずまずの青空だな。

ホームに降り立つと、山の風が髪を揺らす。
夏の名残りの蝉の声が微かに。
ゆっくりと深呼吸して、辺りを見回す。

改札を出て駅前に立つ。
二年ぶりの景色は変わらずにそこにあって。
私だって、二年前と変わっちゃいないんだ。
ん…少しだけ、本は売れたかな…。
まあ、ここでは仕事の事は考えないっと。

駅からばあちゃんとこまで、のんびり歩いて30分弱か…。
散歩だと思えばいいんだけど、今日は荷物もあるし。
バスもあるけど、ちょっと時間が中途半端なんだよねえ。

ここはちょっと、贅沢をさせてもらおう。

駅前で客待ちのタクシーに乗ると、行き先を告げた。

「稲荷堂までお願いします。」


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