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お稲荷こんこん

第2章 ばあちゃんのこと

ばあちゃんはこの村で産まれ育ち。
この村で結婚して…。
つまり、殆どこの村から出た事が無い。

この村の鎮守の山の中腹に、小さいけど立派なお堂がある。
いつからかも解らないほど古く、神主が途絶えて何年にもなる。

何やら大層な名前があるらしいが…。
もっぱら「稲荷堂」と呼ばれている。
お稲荷、つまり御神体はお狐様で。
堂の奥の間には、大きなお狐様の姿が描かれた絵が掲げられている。
神々しく鮮やかな銀狐の姿。
年に何度かの特別な日以外は、奥の間には鍵が掛けられてるのだ。

村の守神として大事にされていた稲荷堂。
その敷地内には、堂の守り人が住んでいた。
神主とは違うが、先祖代々の仕事として堂を守り世話をする家柄の者。
その家の一人息子が、熱心に信心するばあちゃんを見初めたという訳で。

ばあちゃんはその家に嫁いだのだ。
そして、私の母親が産まれた。

守り人の家に産まれた者として、母親も子供の頃から両親と共に一通りの事は教えられ。
自分も将来は継ぐのだろうと、漠然と思っていたそうだ。

そんな日常が変化したのは…。
母親が中学生の頃に、父親…つまりじいちゃんが急逝したのだ。
突然の病死だったようで。
母親が医師になった事に、少なからず影響を与えたのかもしれない。

そしてばあちゃんの気持ちも、徐々に変化したんだろうか。
それまでは一緒に守っていくんだと言っていたばあちゃん。
ある時、ふと娘にしみじみと。

「あんたの人生はあんたのもん。ぼやぼやしてちゃいかんよ。しっかりと考えにゃいけんよ。自分はどうしたいんか、何をしたいんか…かあちゃんは、ここでずっとお狐様を守る…一緒になんて、もう言わんから。人生、どうなるか解らんもの…」

ばあちゃんは腹を括って、そう言ったんだなあ。
そして母親は、私にも同じように…。
なかなか、アグレッシブな家系だこと。


私はこのお堂が大好きで、遊び場だった。
中はこじんまりとした祭壇があって、床は綺麗に磨かれて素足に気持ち良くて。
夏は少しひんやりと、冬はほんのりと暖かくて。

そこに本を持ち込んで読んだり、寝転がりながらお絵描きしたり。
お狐様に見守られてるようで、心が落ち着いた。

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