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お稲荷こんこん

第2章 ばあちゃんのこと

タクシーから降りると、森の緑の匂いが風に乗って私を包む。
スーツケースをガラガラと引いて、まずはお堂に向かう。
正面に立つと手を合わせて目を閉じる。
口の中で小さくお祈りの言葉を唱えて。

お帰り、狗鈴…

ハッと顔を上げると、覚えのある足音が。

振り返るとばあちゃんが手を振って近付いてきた。

「お帰りよお、りん。ガラガラ聞こえたからすぐに解ったわ。」
「うん、ただいま…ばあちゃん。」

ばあちゃんは私をりんと呼ぶ。
今の声は…?

私の思考をかきけすように、新たな声が。
「おお、りんちゃん。帰ってきたんか。」
軽トラで乗り付けて、勢いよく降りてきたのは馴染みの顔。
役場に勤める、村の世話役。大下のおっちゃんだ。

「おっちゃん…。相変わらず声がデカいね。元気そうで…」
「そりゃそうよ。声なんざデカくてなんぼだわ。だははは…」
豪快に笑うと、ばあちゃんに向かって。
「今夜なあ急に役場で会合があっての。ほんに急なんだが、お稲荷…20個あるかのお?」
頭かきながら言うおっちゃんに、ばあちゃんはケラケラと笑って。
「20個でいいんか? あるで。それくらいならいつでもあるさ。ちょっと待っとけな。」
ばあちゃんは少し小走りに、家に戻って行った。

おっちゃんは、やれやれ良かったとお堂の前に立つと手を合わせ拝んで。
これもお堂のおかげだと笑った。
「ばあちゃんのお稲荷は評判良くての。他の村の者は、それが楽しみやと言うんよ。」

うんうんと、私は頷く。
ばあちゃんのお稲荷は、絶品だ。
東京のどんな店でも、あれ以上に美味しいお稲荷を食べた事は無い。

じいちゃんが亡くなってから、家の隣に立っていた納屋を立て直して。
小さな休憩小屋を作った。
稲荷堂にお参りに来る人が、一休み出来るように。
ばあちゃんはそこにちょこんと座り、来る人達にお茶を出しているのだ。

そしてお茶と共に出しているのが、ばあちゃん自慢のお稲荷さん。稲荷寿司である。
そこは休憩処で商売をしているのじゃないので、勿論無料なのだが…。
それじゃ申し訳ないと、お賽銭のつもりでいくらか置いていく人もいて。

ならばと、簡単な箱を作り。信心のお気持ちを承っている。
箱には…「お狐様のお小遣い箱」と書いてある。
ばあちゃんらしい…。

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