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その瞳にうつりたくて…

第5章 思い出

俺がレッスンに遅刻したところで生徒達は何も困らないだろう。
俺なんかいなくても、生徒達は勝手に育って行く。
いてもいなくてもいいような指導員だしな。
でも、指導員が不在というのはさすがに不味いし一応戻るか。

「あ、帰り道とか気を付けなよ。雷は収まったけどまだ雨は降ってるし」

ここまで来れたのだから帰りも大丈夫だろうとは思うけど、今日は一日雨らしいし帰り道は気を付けるようにと彼女に告げた。
彼女がいつこの学校から帰ってるかまではわからない。
多分他の生徒より少し早めに帰ってるのだろうけど。

「それじゃ!」

慌てて音楽室から去ろうとした時だ。

「あ、ハルさん!」
「ん?」



最後に、音楽室から出ていこうとする俺を呼び止める彼女の声。
思わず振り返ると…

「また、明日も来てくださいね!」
「―――――っ」
「ハルさんとお喋りするの、楽しいから!」

顔はうつむきがちに、でもその表情は微笑んでいて
俺に向かって真っ直ぐ手を振る彼女がとてもとても可愛くて
俺は何も言えなくなった。
見とれてしまった。

「午後のレッスンも頑張って下さい」
「あ、う、うん…っ」



音楽室を出てレッスン室まで一目散に駆けて行くも、俺の心はざわざわと落ち着かない。
午後のレッスンに遅刻したことに動揺してるんじゃない。

彼女の最後の笑顔が可愛くて、一瞬時が止まったような気がした。

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