Melty Life
第3章 春
「良かった、ここにいた」
抵抗する知香を引きずり上げようとしていた無数の手が、止まった。
割り込んできたのは、掠れ気味のメゾの声。さっきの新入生歓迎会の、特に演劇部の舞台に立っていた上級生らにいたような、耳が熱くなるほど透き通った少女の声だ。
ありさ達クラスメイトらが、煩わしげに振り向いた。
知香が暴虐なクラスメイトらの肩越しに、今しがたの声を辿ると、どきりとするほど淡麗な少女が現れていた。
儚げな印象、清楚な顔立ち。しかし知香のように目立たないのではなくて、それが彼女の存在感になっている。見た感じは中性的な印象を受けるその上級生と思しき少女は、肩に触れるほどの黒髪を毛先だけ軽くすいていて、体育会系とまではいかないほどの長身も、その格好良さを引き立てている。顔のパーツの一つ一つに見入ってしまう。
「…………」
「揉めてたところ、ごめんね。彼女、先生に呼ばれてるから」
「あっ」
名前も知らない上級生が、知香の腕をやんわり掴んだ。性別不詳の皇子様のような上級生は、初対面のはずの下級生の手を強引に引いて、校舎へ向かう。
嫌な気がしない。怖くもない。
やがて生徒らが行き交う廊下に着くと、相変わらず名前も教えてくれない上級生は、知香をふんわり抱き締めた。こうも遠慮がちに触れられたのは、初めてだ。
それまで出逢ってきた他人は皆、知香に触れる時は、不要になった所有物か、ゴミでも扱う調子なのに。