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僕は貴女を「お姉ちゃん」だと思ったことは一度もない。

第5章 運命の日

 鈴の部屋をでた俺は、おばさんに軽く挨拶をして、逃げるように自分の家へ帰った。リビングにもどこにも寄らずに、まっすぐに自分の部屋へ行き、ベッドにもぐる。枕に顔を突っ伏して、声を殺して泣いた。しばらく泣いたら、なんだかちょっとだけスッキリした。

「それでも僕は、鈴姉が好きだ」

ベッドの上で胡坐をかき、自分以外には誰もいない部屋で、自分にしか聞こえない大きさの声で、呟いてみた。

「僕は貴女を、お姉ちゃんだと思ったことは一度もない」

 言ってて悲しくなる。だって、鈴が僕のことを弟のようにしか思っていないのは、明白だから。

「でも明日からは、貴女のことをお姉ちゃんだと思うことにする」

 鈴姉も誰も聞いていないのに、誰に対して宣言をしてるのか。鈴姉のことを諦める為に、鈴姉への想いを断ち切るために、自分で自分に言い聞かせているのか。ただ、どうしても「今日から」とは言えなくて、「明日から」と言ってしまった。今日だけ、今日一日だけは、鈴姉のことを、『姉』ではなく、一人の女性として、好きでいさせてください。

 明日になったら、弟として、鈴姉のこれから始まる恋を、応援…は、ちょっとまだ出来ないかもしれないけど、少なくとも邪魔だけはしないでおくから。

 初恋は、その9割が叶わないという話を以前、なにかで聞いたことがある。僕の初恋も、叶わなかった…。残りの1割には…入れなかった。だけど、それでも、俺と鈴姉の関係は、これからも続いていく。明日からは「姉弟的な存在の幼馴染」として。

 僕がいつの日か、新しい恋をして、そしてちゃんと『彼女』と言える人が出来たら…そしたら…。この初恋も、いい思い出として懐かしく思える日が来るのかな…。今はまだ胸が痛いけど、痛みを伴わずに思い出せる、そんな日がくるのかな…。そうなると、いいな。
 
 鈴姉、今までありがとう。僕に素敵な笑顔をたくさんくれて。僕に『恋』という気持ちを教えてくれて。どうもありがとう。さようなら、僕のーー初恋。

ー第一部 いつき編 完ー

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