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てのひらの福袋

第13章 雪山

寒い、を通り越して『冷たい』と言いたくなるほどの朝。
吐く息が白くて―。

窓から外を眺めると、遠くに見える山々が雪化粧をしていた。交通機関がマヒするほど街中にも降ってくれればそれを理由にサボれるのに、あいにく街はただ寒いだけ。

だから私は、仕事に行かなくちゃいけない―。

駅へと向かう道のりを歩きながら雪山を眺め、その清々しい美しさに見惚れる。

その中に入ると生きて出られないかもしれないほど危険なのに、遠くから眺める分にはこんなに綺麗で、私を魅了する…。だから雪山は、遠くから眺めておくに限る。

世の中には雪山以外にもそんなものがたくさんあるのかもしれない。

外から、遠くから、眺めているぶんには美しく、憧れもするがその中に入ると辛く厳しく逃げ出したくなるような過酷な現実が待っている…。

別れた、というより自然消滅のようなかたちで連絡の途絶えた昔の恋人が結婚するらしい、と人伝てに聞いた日。メモリからは消したカレの電話番号を、脳が覚えているのを自覚した。でも、その番号に掛けてはいけない。

別れた昔の恋人なんて、雪山みたいなものだ。
遠くから眺める…過去の楽しかったころを思い出して懐かしんでいる分には…ただただ美しいだけだが、近づいて中に入ろうとする…連絡を取って会おうなんてことを考えると…ドロドロの修羅場だけが待っている。危険なのだ。
ましてや相手は、もう別の人と結婚するのだ。

さようなら、私の、愛しかった人。


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