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狼からの招待状

第5章 化石の街

「また、来るよ」備品の白い椅子から立ち上がり、ドアへ向かった。
 チャンミンの睫毛が、かすかに震える。



 「ユノ先輩、チャンミンさんと話せました?」「う─ん。…」ハイヤーが舗道を大きく迂回した。 
 後部座席に並び座った二人の身体が揺れ、グレの薄い紺いろのジャケットの肩の辺りから、香水がかおる。爽やかな潮風のような香りだった。
 「いろんな思いつきを…。ぶつぶつ、独り言云っただけだよ」「たとえば意識のない昏睡状態の患者にでも、語りかけるのは有効な治療法です。聴力は最後まで残りますから」「そうなの─? それなら、次は楽しい話題を…たくさん話すよ」頷き、「チャンミンさんは、昨日まで微熱が続いて、今日は安定しているようでした。軽い風邪の治りかけで、眠っていたのでしょう」ハイヤーの運転手が、何度もバックミラーに目をやる。
 「ユノ先輩」後ろを振り向くグレ。「今…通りすぎたところが、バス事故のあった場所です」運転手がまた、バックミラーを見た。
 ユノが窓の外に目をやったが、檸檬の色に染まった雲の広がる台地が、あるだけだった。
 軽く頭を振り、「思い出したくもない…な」運転手が再び、バックミラーを見る。

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