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狼からの招待状

第6章 風のなかの二人

 ポスト脇の女性は、振り返りながら、スクーターを目で追う。Tシャツの背中に汗が滲み─「あの…、マダム」声をかけると、「ひぇっ」と蛙のような声を出して、グレを見ると、顔を真っ赤にして車道を渡って逃げようとする。途端にクラクションが鳴らされた。
 「危ないおばさま─」隣に来た友人が呆れた口調で、「お得意さんか、バイト先の…グレ?」──通用口…、覗く顔…、…ボーイの少年…(あのひと)─黄色い皮膚の平たい顔に、小皺とシミが目立つ、おばさん顔。
 「グレ」肩を軽く叩かれ、フレンチの店に向かった。レースのカーテンが両扉の奥に見える。



 「ホント云うと…」床に目を落としながら、ぽつりと独り言のように、呟いた。
 グレは黙って、次の言葉を待った。「すごい迷惑。…邪魔、─です」
 〈デミアン〉のスタッフ用の休憩所。通路の奥のロッカー室から、「お疲れさま」を挨拶し合う声が聞こえてくる。
 「邪魔。それは」「あのおばさんのせいで、彼女逃げちゃうし」「彼女?」ボーイ見習いの少年は、不貞腐れた仕草で、グラスのストローを咥え吸い上げた。
 「やっと掴まえた彼女…邪魔するから」ストローをいじりながら、喋り出した。

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