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狼からの招待状

第8章 水仙月

 ─ケイトがタクシーに手を挙げた。
 「どこ行くんだ」「あなたのホテルの部屋でいいわ」「きみ、チャンミンの見舞いに来たんだろう?」「お堅いのね、ユノは」首を竦めて見せる。 
 「運転手さん、聖マリアンナ病院に行ってください」軽やかな口調で告げるユノを、横目で睨む。
 「着いたばかりよ、私休みたいわ」走り出したタクシーのなかで、不満を云い出す。
 「そう。午後のお茶の時間だね」どんよりした曇り空の下、街のあちこちに春の色が溢れている。
 大通りを過ぎ、ビル街に入る。ケイトは腕組みをして、窓の外に顔を向けていた。
 通りの向こう、[聖マリアンナ]の金文字と病院の十字架を象ったマークが、見えてくる。
 タクシーはその前を通り過ぎた。
 子供たちが黒い像の形をとった、ジャングルジムで、遊んでいる広い公園も通り過ぎる。
 黒い像は、不思議の国のアリスと兎…きのこにトランプ、薔薇を模したものもあった。
 公園の脇門を曲がる。街路樹が数本ある。静かな通りを、タクシーは速度を落とし、進む。
 二人は無言だったが、ユノの表情は明るい…
 やがて、タクシーは山小屋ふうな小さな店のまえで、停まった。

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