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狼からの招待状

第2章 霧魔

「お嬢さま。お忘れでございますか。明日は会長と、主治医の説明をお聞きになるご予定でらっしゃいます」キム侍従が隅の椅子から告げた。
 「また、参ります。兄さんを、どうぞお大事にしてください」グレが立ち上がる。慌ててエミンも立つと、甘ったるい花の匂いの香水がきつい─ 「あ、医学生として一言アドバイス…」棚の写真集を指し、「兄さんが起き上がれるようになったら、ああいう本が、良い薬になりますよ」侍従がドアを開け、深く頭を下げた。



  リングの角に追い詰められた男が、反撃に出ようと体勢を立て直し…右手首に蹴りを食らう…ふらついて、膝蹴りにまた体をぐらつかせ─狙い定めた一撃を…トレーナーがそれを後ろから抱き止める……
 ひと纏めの髪が垂れかかるまま、リングを下り、ゆったり歩き、汗に光る顔を向けて…「ユノ先輩。今夜閉店の後、お話したいです」軽く会釈して、シャワー室に行くグレの筋骨のがっしりした後ろ姿を、ユノは黙って見送った。



 ─階段を下りきったところで、「ユノ…兄さん」はにかんだ声が、暗がりから掛かる。
 「ジャスミンくん?」あどけなさの残る顔が、照れて、笑う。「呼び捨て…してください。兄さん」

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