不純異性交際(上) ―ミライと瀬川―
第37章 瀬川くんの決断
私は驚いて目を見開く。
電話の相手は…紀子だ。
瀬川くんは最後に、「分かった。」と言うと電話を切った。
彼は繋いだ手にもう一度力を込める。
「ごめん。お前を巻き込みたいわけじゃなくて、俺もう…この状況に耐えられなかった」
「…紀子は、なんて?」
「もう、連絡してこないでってさ。書類は郵送してって」
「そっか…」
瀬川くんが何をしたと言うのだろう。紀子の受け答えに、疑問を持たざるを得ない。けれど、聞いた話だけで出しゃばることは出来ない…。
「あのさ」
彼の声で我に返る。
「俺は離婚する。いつかはこうなる事だった…。だけど、お前はお前だから。変なプレッシャー感じてほしくない。頼む。」
「うん…」
「目の前でこんな事しといて言うことじゃないよな。ごめん」
「謝らないで…」
私は人が別れの言葉によって、もう戻れなくなるようなその瞬間を初めて目にした。
たった一言で終わってしまうその儚さに、一瞬フミを思い出した。
「…今、どんな気持ち?」
「ん?…うーん、綺麗なもんじゃないよ。あいつと別居してからずっと、もやもや…引っかかってたから。やっと現状が打破できるかもって気持ち、かな」
「そっか」
しばらく手を握りあったまま無言の時を過ごし、瀬川くんは立ち上がる。
「駅まで送る?それとも…もうちょっと一緒にいれる?」
-…私の答えはひとつだった。
タクシーに紛れて並んでいる、”代行”と書かれた軽自動車に声をかける。
おとなしそうな年配の男性が瀬川くんの車の運転席に座り、私と瀬川くんは後部座席へ乗り込んだ。
彼が住所を告げると車は走り出し、私たちはまた自然に手をつないだ。
「ご両親、いるんだよね?」
「うん。でも大丈夫、はなれだから」
「ご挨拶しなくていいの?でも、したらしたでおかしいよね…」
「気にすんな。普段もあんまり顔合わせないから(笑)」
中学当時もだいたいの場所しか知らなかった瀬川くんの実家に着くと、大きな母屋から少し離れたところに確かに”はなれ”があった。
彼は慣れた手付きで電気を付けると、
「中入って、適当に座ってて」
と言って母屋の方へ歩いていった。