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蜃気楼の女

第2章 魔性の女・安田尚子

 児玉は尚子のためにこれほど時間を使い、これほど濃密に過ごしたことに対し、感慨無量だった。与えられた使命に対し、責任を全うした満足感を感じた。これも尚子を愛していたからに他ならないと思った。尚子は明日から始まる試験を無事成し遂げたとき、尚子の達成感に満ちた笑顔を想像し、さらに、念願の合格発表で跳びはねて喜ぶ尚子を想像した。尚子から合格の報告を受けた児玉は、尚子の体を抱きかかえ、ともに喜ぶ姿をイメージした。尚子の柔らかな体を抱きかかえながら、自分の腕の中で屈託のない笑い声を上げて喜んでいる。そういう尚子の未来が児玉には見えた。
「尚ちゃん、今までこれだけ勉強してきたんだから明日は全力を出すためにも勉強はここまでだよ。落ち着いて試験問題に取り組めるよう休息してゆっくり呼吸を整えよう」
「先生、分かりました」
「さあ、吸ってーーーーはいてーーーーーーーーーー」
 児玉は、尚子に以前から教えていたヨガの呼吸法を繰り返した。目をつぶり、手を膝の上に置き、胸を膨らます、動作を繰り返した。
「そのまま、続けて……」
 なおも胸を広げ、すぼめる動作を繰り返した。3分間の時間が過ぎた。
「さあーー、静かにーー 目をーー 開けてーー」
 児玉が低いゆっくりした声で告げる。尚子が静かに目をあけた。
「どうだい? 呼吸すると気持ちがいいだろ? 緊張するようだったら、明日の試験の休憩中、これをやるといい。心を落ち着ければ、思考も集中できる。合格はもう目の前だ」
 緊張気味の尚子の顔が呼吸法によりすっかり穏やかになっていた。 
「先生、明日のために、あたしの独自な方法ですけど、落ち着いて試験が受けられるように、その方法のお手伝いをお願いしてよろしいですか? あたしなりに、さらに集中力を高めたいのです。それをしたくて、そわそわ、心が揺らいでいました。あたし、今、その不安を取り払いたいのです……」

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