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蜃気楼の女

第25章 1週間前

「おじさん、次、降りますよ……」
 橋本は握られた手を尚子に引かれながら、洗足駅で降りた。相変わらず、尚子は橋本の手を放さない。
「おじさん、あたしのうちまで歩いて10分くらいなんです。このまま、手をつないでくれててもいいですか?」
「いやあー、君が住んでいる町でしょ? こんなおじさんと手をつないでいるところを見られてまずくない? おじさん、恥ずかしいな……」
「嫌だ! やっぱりおじさん、あたしの思っていたとおりの人!」
 そう言うと、尚子は橋本の胸に体を埋めてきた。
「おじさん、友だちでしょ? いいよね?」
 橋本はなんと答えればいいか逡じゅんした。しばらく考えてから言った。
「やはり、見られたら困る? 手を放してくれるかい?」
「はい! 了解です!」
 そう元気に言った尚子は手を放し、橋本に体を寄せながら、両腕を左腕に絡めてきた。
「このほうが友だちらしいかな? でも、手のほうが尚子は好きだから……おじさんが嫌って言うから放すけど……」
 橋本は美少女の甘えどころを捉えた絶妙のしぐさに取り込まれそうになっていた。もし、田所の教育がこういう子を育てるなら、悪くはないかもしれない。人に取り入るとかそういうレベルではない。人を幸せにするテクニックというのであろうか。こういう所作が自然に出るのであろうか。恐るべし、田所の花魁(おいらん)養成学科である。橋本は尚子が絡めてくる腕から伝わる尚子の心の暖かさを、いつしか愛おしく感じていた。

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