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蜃気楼の女

第26章 屈強の男・橋本浩一

 橋本浩一にはこの少女といると楽しくてうれしくなる、そういうプラスの感情が湧き上がっていた。彼女といると、感情がいつになく高揚した。尚子と長く接すればするほど、会話することもないのに、親近感を感じるという不思議な感覚が起きた。橋本は今まで少女という人種に慕われようなんて考えられなかったし、少女と接する機会が今までなかった。今、少女と隣り合って歩く橋本は、この美少女のとりこになる恐怖を感じ始めた。ここまで来る間、彼女が田所からの策略を実行するということはなかった。そういう安心感が、少女から受ける愛情に心地よさを増幅させたのかも知れない。これも意図的に練られた計画か。彼女を疑えばきりがない。橋本は美少女に腕を抱えられ、まだ、未成熟なわずかな乳房の膨らみを押しつけられた。橋本はこれも尚子の意図的な行為なのか、と疑う。橋本はイケメンではないと自覚している。こんな美少女が自分に好意を寄せるわけがない、と確信している。
「おじさん、ほら、ここがあたしのおうちよ」
 ずっと橋本の腕を抱え、寄り添っていた尚子が顔を上げて快活にしゃべった。橋本はモダンな格子で囲まれた塀を見て目を見張った。門の表札に安田仁とある。どこかで聞いたことのある名前だった。格子越しに芝生が敷き詰められた庭の先に、2階建ての白塗りの邸宅が見えた。
「ねっ、安田仁って、きみのお父さん?」
「そうよ、父はお仕事でいないけど、母はいますから会ってくださいね?」
「ああ、もちろんだよ。お父さんの名前って、なんか聞いたことがあるような?」
「そっ、そうかも、ときどき、テレビで名前は出たりしているから……」
「もしかして、きみのお父さんって、厚労省の安田仁事務次官か?」
 尚子はそれには答えず、橋本の腕を抱えながら門を開け、奥へ入っていく。ピッ セキュリティ解除の音が聞こえた。門から10メートルほど歩くと、玄関のドアを開けて入る。庭の隅に防犯カメラが設置されていた。
「ねえ、カメラがあるけど…… 家の人にこんなところ、見られたらまずいよね? 俺たち、くっつきすぎだろ?」
 尚子は困った橋本の反応に気をよくした。橋本は尚子が常に橋本を困らせるような行動をとっている気がしていた。

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