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蜃気楼の女

第27章 後継者・橋本浩一

「もう、なんで、そうなの? きみはそんなに容姿がいいのに、もう少し、節度を持ちなさい。きみはギャップがありすぎだ!」
 橋本は即座に尚子を叱ってはみたが、軽く手の甲をたたいただけで、尚子が体を折り曲げて苦しそうに嗚咽(おえつ)をはいているのを見て動揺した。そんなに痛むほどたたいたつもりはないのに、苦しそうに体を折り曲げたままである。このお嬢様は今まで両親にどれだけ大切に育てられてきたのだろう、と思った。橋本は、軽くとはいえ、女性に手を上げたことを紳士として、取ってはいけない行動だったと、はなはだ後悔した。しかし、ここで甘い顔をしてはいけないと気を取り直した。尚子にとって、これも演技なのでは、と瞬時に思い当たり、甘い言葉を掛けることを抑えた。
「全くのお嬢様だな、君は? 今まで、親から一度も手を上げられたことがないのか? でも、手の甲をたたかれただけで、そんなリアクションするなんて、大げさではないか? 世の中、美人に甘い人ばかりではないよ、少なくとも僕は容姿で判断はしないからね。いけないことはいけないと言うぞ!」
「ご、ごめんなさい、こんな…… はしたないことをしてしまいました。おじさん、友だち…… 止めないでください。今後、気をつけますから、許してください。でも…… でも、なんか、おじさんと一緒にいると、変な気持ちになってきて…… おじさんとしたいな、って思ってしまうの…… ああぁ……また、言っちゃった! おじさん、怒らないで…… あたしの中に悪魔がいて、そういうこと、してもいいんだよって、ささやくのよ…… きょうは、ほんと、どうかしているわ。いつものあたしはこんなではないの……とても真面目なのよ…… ねえ…… 信じて…… おじさん……」
 尚子は折り曲げていた体を起こして橋本の顔を見つめていた。目から大粒の涙が流れ、頬からあごに掛けて跡を付けていた。
「悪魔だって? 本当なのか? きみは俺のことを知ってるらしいけど、俺はきみのこと、まったく分からないからな! きみの中にエッチ大好き悪魔がいるわけだ。俺は好きな人でないと、そんな気が起きない! 俺の心にはそういう悪魔なんて存在させない! 蹴散らしてやる!」
 尚子は橋本から、きつい口調で言われて落胆した。どんどん、橋本に嫌われてしまう言動をしてしまう別の自分を恨めしく思った。

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