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蜃気楼の女

第28章 決断

「おじさん、このまま……で……いて……」
 尚子は頭を橋本の胸から離すと、橋本の肩に腕を乗せ、首に腕を巻き付けて抱きついてきた。尚子の小ぶりの乳房が顔に押しつけられた。
「暖かいな…… おじさん…… あたしのおっぱい、おじさんのお母さんほどじゃないかしら?」
 橋本の迷走していた思考が、尚子が押しつけてくる乳房の弾力、それでいて、柔らかで、暖かい、幼い頃、母に抱きしめられた記憶がよみがえった。
「母さん……」
 幼少期に戻った橋本は、今は亡き母の懐で眠っていた。母に守られて寝た幼少期の夜を思い出した。いつだって母が橋本を守り愛してくれた。俺もこの母の愛を受けて、誰かのために愛するのだろう。母の愛が俺の中に受け継がれている。
 橋本と尚子はその夜、ソファーの上で、抱き合ったまま、朝を迎えた。
 橋本は目を覚ますと、すぐ横で眠る尚子の顔が目の前にあった。尚子の小さな息を感じた。とても寝られる状況ではないと思っていた橋本は、以外にも寝てしまっていたことに驚いた。橋本の体に腕を掛けたままで寝ている尚子の腕に触れた。すると、尚子が目を覚ました。その途端、尚子は腕を橋本の肩に回してきた。
「おじさん、おはようございます。よく眠れましたか? あたしはぐっすりでしたよ」
 起きたばかりというのに、うれしそうに目をくりくり輝かせた尚子は、橋本の顔にさらに顔を近づけてきた。唇が付きそうなくらい接近していた。
「ああ、よく眠れたよ、ありがとう」
 橋本は尚子の唇に向かってそっとささやいた。尚子が唇を橋本の唇に重ねてきた。橋本は思わず目をつぶった。柔らかな唇だった。しばらくして、尚子の唇が離れた。
「おじさん、ありがとうございます。どうか、これからよろしくお願いします。もう、こんなこと…… しません」
「ああ、そうだな…… そのほうがいい」
 二人はしばらく抱き合ったままソファーに横たわっていた。そのとき、ドアがノックされた。ドアの外から、尚子の母が朝食の準備ができたから食堂に来てください、とだけ言うと部屋から離れていった。

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