テキストサイズ

蜃気楼の女

第29章 初めての学園

 橋本は尚子とともに、ベッドに横たわる田所学園長の前に歩み寄った。学園長は目を閉じていたが、尚子が声を掛けると、目をわずかに開いた。
 しかし、顔を橋本たちに向けることはなく天井に目を向けたままだった。
「橋本さん、お恥ずかしい限りです。だんだんとできていたことができなくなってくる。こんな体です。
 元気な頃のわたしは、どんな障害も乗り越えられない障害はない、と思って生きてきました。
 しかし、病気という障壁は別でした。この学園を作り、成長したたくさんの生徒が巣立っていく姿を見送りながら彼らの将来に胸を高鳴らせていました。卒業した彼らは自分たちの根を地面にしっかり張り活躍していることを知ることが何より励みになりました。彼らの躍動する姿を知ると、うれしさで体が高揚したものです。若いエネルギーを絶やしてはいけない。病気になった自分の体と精神を鼓舞させてきました。
 今までの自分の人生を納得させるためにも、これからの学園と未来を担う子どもたちを躍動させたい、それにはどう行動すればいいのか。それを考えると、この体ではこれから何も行動できない。今は、後継者を育てて来なかったことを、後悔する毎日です。こんな思いを抱いたまま、死ねません。今までの行動に悔いはない、と思っていましたが、後継者を育てることもせず、この学園が閉校することになってしまうと思うと、己のふがいなさに悔しさが募るばかりです…… このままではわたしのやってきたことは自己満足で終わってしまう。永遠に続いてこそ、真の教育である。それを心から切望しました。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ