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蜃気楼の女

第30章 尚子と橋本の決意

 あたしには、先進国の首脳たちの考えは、いまだにアラビアーナ国民族を虐げ続けている、としか思えません。
 アラビアーナ国民は2000年もの間、自分たちの存在を消して生きてきました。そして、今もって認知されない民族です。
 そのことは山野櫻子様こと、ラービア女王妃には隠されてきました。彼女がこのことを知ったとき、怒りから何をするか分からないからです。だから、ラービア様は幼い頃から宮殿で、優秀でえりすぐりの優しい侍従たちの手で大切に育てられました。そのラービア様の心に、2000年の時を経て、邪心が世界に報復するため、生まれようとしています。すでに、小さな邪心がラービア様の脳に陰を作り始めていると聞いています。
 だから、学園長は、まずは、婚姻届を出して、奥さまに日本国籍を取得させ、一刻も早く、虐げられてきた痕跡を少しでも消してあげたい、と彼女の幸せを望んでおられました。
 彼女を応援する自分が病気で死んでいくことは伏せておいてほしい、という重ねてのご意志です。
 学園長はこれから別室に移動させていただきますので、おじさんは学園長の完全な後継者になっていただきます……」
 一気に説明を終えたと判断した尚子は、深く呼吸をすると、田所の遺体の載ったベッドの前で直立していた。
「学園長は隣の部屋に隠れていただきます。さあ、学園長、参りますよ……」
 尚子は学園長の顔を見ながらニコニコ顔でベッドを押し始めた。その様子を見て、橋本は慌てて尚子を引き留めた。
「奥さん? おととい、結婚したって? 何なんだ、それって? 俺がその後継者になったからそれも引き継いでくれって? そんな奥さんを押しつけられて、俺の気持ちはどうする? 田所のメモリを受け継ぐことで、彼女を好きになれるとでもいうのか?」
 今まで調べてきた田所の人格、性格などと180度違う田所のひょうへんに驚いた。橋本は、おととい、正門の前で会った美女に違いない、と回想した。

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