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蜃気楼の女

第32章 櫻子VS尚子

「ワワワ、ち、違います。櫻子さま、落ち着いてください。ご説明しますから。学園長のこと、あたしのこと、いろんなこと、誤解されたみたい。ごめんなさい。エエエーっと、こ、これから櫻子さまに見てもらったほうが早いと思います。百聞は一見にあらず、って言いますから、あたしに付いてきて見ていただけますか?」
 怒りで頭がパニクになりかけた櫻子は、尚子の言うことを信用できなかった。目の前に腰掛けている学園長がこの部屋にいないような口調だ。移動するまでもなく、この部屋にいる平八郎の呪縛を尚子がとけばいいだけ。
 しかし、なぜか、平八郎は両目を開いたまま、瞬きすらしない。椅子に座ったままだ。先ほどからの平八郎の状態に櫻子は疑問を抱き始めた。今までの平八郎がもう存在しない。嫌な予感が湧き上がるばかりだ。周辺の家具が、カタカタカタ、振動が大きくなり始めた。
「ワワワワーーー 櫻子さま、アアアアアアーーー どうか、お静まりください、お、お願いしますーー」
 尚子が、頭に両手を当てて混乱状態の櫻子の体を抱いて興奮を静めようとして抱きついた。このままでは東京は死の町になるかもしれない。
 しかし、櫻子はその尚子の腕を払いのけた。その瞬間、その勢いに押された尚子の体が一瞬空中に浮いたと思ったら、勢いよく後ろの壁に、一瞬で飛ばされた。尚子の体は壁に掛けてある風景画に背中から勢いよくたたきつけられた。壁に当たった瞬間、グシャ 尚子の全身の骨が砕ける音がしてから、ゆっくり床にストンと落ちた。櫻子の目から止めどもなく涙が流れた。
「平八さん…… あたしの平八さん……」
 櫻子は椅子に座ったままの平八郎のそばに立つと、彼の肩を包むように抱いた。
「何? これ? 平八さんの体じゃないわ、どういうことなの? カチコチじゃないの?」

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