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蜃気楼の女

第32章 櫻子VS尚子

 しかし、平八郎の心に触れるうち、「日本国の乗っ取り計画」を、櫻子は完全に忘却した。初心忘れるべからず、の初心は平八郎を愛することで、いつしか消し飛んでいた。恋は盲目とは言ったもので、女心と秋の空。櫻子の邪心の芽が平八郎によって、自然に、穏やかに、摘み取られていった。
「平八さん、体の具合はどうなの? もう、大丈夫なの?」
 櫻子は平八郎のほおに自分のほおを付けた。平八郎はうれしそうに目を細めることもあったが、時間が過ぎるたび、平八郎の反応がだんだんと少なくなってきた。櫻子の献身的なハグにも無反応だ。
 ウイーン ウィーン 静かだった部屋に突然、異音が鳴り響いた。部屋の片隅にあるAndroidの入ったまゆが音を立て出した。
「稼働します。パターン1実行します」
 まゆから音声が流れた。そして、まゆの扉が音もなく左右に開くと、中から平八郎型Androidが姿を現した。
「さあ、櫻子さん、いざ、出陣ですぞ! 日本の未来は君に掛かっている! さあ、立ち上がるときです!」
 平八郎とうり二つの体型をしたAndroidの声に驚いた櫻子は、平八郎のほおに付けていたほおを外して飛び起きた。櫻子は元気な平八郎がよみがえった、と思った。
「平八さん、お帰りなさい!」
 櫻子は心の底から喜んだ。この人と一緒に行動できる。二人で未来を築いていく。

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