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蜃気楼の女

第32章 櫻子VS尚子

 しかし、平八郎本体を見ると、酸素マスクを顔に付けて、目をつむった状態だ。その顔は野獣としか見えない。顔の中心にある鼻が大きく、伝説の天狗(てんぐ)というほど高くはない鼻が目を引く。一般的な鼻とは乖離(かいり)した鼻だ。櫻子はその変形した鼻に顔を近づけると、一番高い部分に唇を軽く当てた。これも平八さんなんだね、とつぶやいた。この人は、これからもドールなしでは生きられない。心は本体に有り、行動はドールにある。それでも平八郎と一緒にいて楽しければいいではないか、櫻子の気持ちは前向きだった。虐げられた民として育ってきた櫻子は、永遠に平八郎と肩を並べて生きる決心だった。今は閉塞した状況であるが、櫻子にとって、平八郎と出会ったことで、希望が見えてきた。櫻子の全身に、心に、全開パワーが湧き上がった。破壊パワーと同じくらいの博愛パワーである。
「さあ、平八さんの心を踏み台にして、てっぺんにのし上がるのよ、櫻子!」
 そう言ってから、頭をかきながら、櫻子は直ぐに訂正した。
「あっ、ごめんなさい。あたしとしたことが、間違えました。これからは平八さんの助けをお借りして、ともに歩んで参ります……ね? そうだよね、平八さん!」
 そう言った櫻子は、寝ている平八郎の顔を見て、照れくさそうに笑った。突然、櫻子の頭をなでられた。驚いて、後ろを振り向くと、先ほどの平八郎タイプAndroidが後ろに立っていた。
「櫻子さん、そういう素直さが大切です。間違ったら、正す。間違ってもいいのです。
 でも、間違ったままではいけません。さあ、教室に行きましょう。私たちの未来の基礎は教室に有りです。まずは、平和、幸福、博愛を目指す同志を育てましょう!」
 平八郎タイプAndroidはそう言いながら、日本教育改造を踏み出す気概を話した。そして、櫻子にとっては、日本国の乗っ取り計画の第1歩になる。ここまでの思考は、健康なときの田所のメモリがAndroidにプログラムされていた。田所と尚子の計画通りの進行だった。田所の描いた健全な未来の教育プログラムは平八郎タイプAndroidにしっかり残っていた。

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