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蜃気楼の女

第33章 再生細胞移植術後

 田所平八郎のメモリ(脳細胞)が移植された橋本浩一は、平八郎に体を乗っ取られるだけでは済まず、顔も変貌した。最も変わったのは思考、嗜好(しこう)だった。邪心に支配された田所の脳が移植されたのだから、最悪の状態になってしまった。だから、尚子の発明は、カプセルそのものは目標通り正常に機能したが、総合的には、大失敗という結果になった。
 失敗の原因は、尚子がカプセルで田所の脳細胞を注出したとき、彼の脳は腐り切っていた。彼の脳は、日本の青少年の明るい未来を夢見ていた頃と比較し、邪心の発症により、耐えがたいほど、ゆがんだ思考に変異した。
 以前から田所本人も邪心の発症を恐れていたが、早い段階で邪心が発症を開始した。邪心は巧妙に田所の脳を阻止されないよう浸食していった。だから、尚子に落ち度はない。
 尚子の発明した医療用再生細胞移植術カプセルは、人類が誕生してから30万年経過した中で、画期的な発明だった、と言える。どんな細胞をも他の人間に、外科的な手術をすることもなく正常な細胞として移植できる。高度な外科的手術が可能な医師を全く必要としない革新的な術式なのだ。
「あたし、失敗しないんでぇー」
 人気テレビドラマ「ドクターX」の名せりふであるが、そのドラマはこの尚子の発明品が発表されていれば、製作されることはなかっただろう。なにしろ外科的な手術を一切しないのであるから、失敗など起こりようがない。
 しかし、この医療用再生細胞移植術カプセルの発明は公表されなかった。
 尚子は、田所の脳が邪悪な脳に支配され、橋本が全く意図しない人間に変身してしまったことでショックを受けた。尚子の大好きな優しい橋本が、別人になってしまった。だから、責任を感じた尚子はこの偉大な発明を封印した。この発明品は諸刃の剣とも言えた。正義にも悪にもなる。学園長によって、悪に使われた。

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