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蜃気楼の女

第33章 再生細胞移植術後

 櫻子は自らの壮大な目標を掲げ、その目的の崇高さに酔った。
「ああ、早くあたしの体を思う存分投げ打ちたいわ。ううう、もう、がまんができそうにないわ……」
 と、虐げられ続けてきたアラビアーナ国の末えいである櫻子は、個人としては、今まで、虐げられたことも、いじめられたことも、叱られたこともなく、大切に育てられてきた。
「アアーー いじめられるって? どんな思いなのかしら?」
 大切に育てられたラービアは、思考回路がいまいち人と違っていた。これも彼女の魅力の一つかもしれない。彼女は、いじめるという行為に対し、どんな行為か想像するだけで興奮した。彼女は、いじめを正しく理解していないからだ。彼女は愛する人から、じらされたり、恥ずかしいことをされたりすること、をいじめられること、と捉えていた。
 平八郎が、櫻子の体の魅力の虜(とりこ)にならなかったのは、自分をいじめていたせいではないか、と思っていた。
 夫の平八郎はすっかり思考が変異し、顔もイケメンに変貌し、もて男となった。彼は、櫻子、尚子だけに関心を抱かず、令和のジゴロになっていた。それでも橋本本来の人の心を穏やかにする能力だけは、かろうじて温存されていたので、田所の脳を浸食された後も、櫻子の邪心による世界的破壊パワーは封じ込められていた。
 櫻子は平八郎が自分の魅力の虜(とりこ)にならないことを知った。なぜなら、移植後、一度も、彼が櫻子の体を求めてこなかった。それどころか、平八郎は毎晩、毎夜、女性を学園寮の秘密部屋におびき寄せ、己の欲望の毒牙に掛けていた。邪心で満たされた新生・平八郎は犯罪者になっていた。その被害者は増加し、警察も捜査中だったが、櫻子も尚子もそんなことは知る由もない。

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