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蜃気楼の女

第35章 現代の安田邸

 安田尚子の父・厚労省大臣安田仁から招待を受け、安田邸を訪問した児玉進一は、尚子の自室に招かれていた。
 進一が通された部屋は建物の大きさから考えてもあり得ない部屋の広さだった。進一は尚子の後について部屋の中に入って、右左、上下、めまぐるしく見回した。部屋の奥は暗いのか、かすんでいて見えない。あまりにも果てしなく広がっているように見える。部屋がゆがんでいるのか、地平線のように丸く見える。それに平行して天井も丸く円を描いている。どこまでも広がっている不思議な空間だ。
(アアー 尚子ちゃんの家だと思うと、また、僕は妄想の世界に入ってしまったんだなー)
 進一は思考が不能状態に陥った。尚子と一緒にいて、いい雰囲気になったと思うと、決まって妄想モードだったと言うことが今まで何度となく繰り返されてきた。
(僕は妄想の世界に、もう、つくづく、飽きたよ)
 いつものどうにもならない思い。でも、自分が描いた妄想なのだから、仕方ない。自分が望むこの世界を楽しむしかない。進一は気を取り直し、いつものように、妄想の世界を受け入れる。そうやって、尚子に嫌われないよう、意気地のない自分を正当化する。妄想は尚子も自分も傷つかない最良の方法だ。優しさだけの、消極的な意気地のない男のいいわけ。

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