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蜃気楼の女

第35章 現代の安田邸

 進一はそのことを熟知していたので、何度、尚子の放心状態の最中にキスしたことだろう。尚子の同意を得ないで、いけないこととは分かっていても、尚子の柔らかい唇の上に、唇を重ねてしまった。舌で下唇をそっとなめあげる。右から左へゆっくり、何度か往復すると、上唇へ舌を移動させる。そして唇をゆっくりなめてから、尚子の唇の間に舌の先を割り入れる。放心状態の筈なのに、尚子は舌を迎え入れて絡めてくる。
 ウウウゥッ
 進一の舌の動きに反応するように尚子はくぐもったうめくような声をもらす。口の中の上あごを舌の先でなめあげると、尚子は慌ただしく舌全体を使って、進一の舌に絡めてくる。初めてキスをしたときから、尚子は条件反射のごとく、積極的に反応し進一の舌に反応するように絡めてきた。進一は尚子の反応がうれしくなり、何度も尚子にキスをするようになった。現実を受けいることができない進一は、そのキスが己の描く妄想が進歩した結果、と思って喜んでいた。
(ああぁー 尚ちゃんは僕の愛情に反応してくれているよぉーー このまま、行くところまでいこうぉー)
 そう思いながら進一は思わず尚子の背中に手を回し、強く引き寄せた。尚子も進一の背中に手を回して包んできて、進一のハグを素直に受け入れた。
 尚子は尚子の描く妄想の世界で、進一に抱かれることを望んでいた。二人はお互いが妄想の世界の中の刹那の行為と納得しながら、何度となく現実の世界で抱き合っていた。妄想する二人は常に妄想の世界を現実の世界の中で体験しながら、つつましくお互いを思いやり、ひっそりとお互いの胸や背中の温かを感じながら抱き合った。今まで、二人は何度となく繰り返してきたが、二人は現実の世界という認識をいつまでも得られなかった。

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