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蜃気楼の女

第35章 現代の安田邸

(尚子のばかぁー 何やってんのよぉー)
 尚子があんなに待ち望んでいた進一とのキスなのに、いざとなると、恐くなった。進一を常に挑発し、誘惑しようとしては、詰めが甘い尚子は、進一に嫌われたくなくて、いつもおっかなびっくりの思いとは正反対の行動を取っていた。
「エエエッッーー う、うっそぉー し、進ちゃん、きょうは大胆なのね? い、いいわよ、このまま、あたしを押し倒して、上に覆い被さってもいいのよーー そ、そこの作業台がいいぃー? それとも、あっちのベッドがいい? それとも、こっちの床の上? それとも、今すぐ、ここで、立ったままぁー? ちょっと恥ずかしいけど、いいわぁー スカートの裾は、あたしがまくればいいー? それともーーー 後ろからにするぅーー ねえぇー どうするのがいいのぉー??」
 尚子は心の中でうれしくて声が弾んでしまっている自分に落ち着くように叫ぶ。進一の前では、いざとなると、頭が真っ白になって何も言葉が思いつかない。尚子は心の中で進一に向かっていつも思ってもいない言葉を連発した。尚子は何で進一を茶化すような言葉を言ってしまうのか、後悔するばかりだ。進一を犯そうとか、手込めにするとか、思っているだけで、いざ、その段階に近づくと、何も進められなくて、小さく膝が震えた。
「あ、ごめん…… 尚ちゃんにさっきから声を掛けていたんだけど、あんまり、反応がないから、どうしたのかな、と思って、顔を近づけ過ぎたな…… ほんと、ごめん……」
 進一は言い訳がましく、顔を近づけてキスしていた訳を取り繕った。偶然にキスをしてしまったことを、ごまかすように言いつくろった。キスしていたのにそんな言い訳が通じるはずはないのだが、尚子の頭はパニックになって、そんなことは思いつかない。基本、嫌ではないからなおさら気が付かない。
「へえー あの頃は部屋にこんな人形はなかったけど、今は、こういうの、部屋に置いているんだねぇー」

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