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蜃気楼の女

第35章 現代の安田邸

 進一は何事もなかったように平静さを装いながら、尚子から体を遠ざけて、作業台の上に横たわっている人形を見た。
 今、進一が見ている部屋は、尚子が異次元空間に作り出した実態のない部屋、現在の時間に存在しない空間だ。だから、部屋の大きさは自由に作ることが尚子には可能だった。尚子の超能力は、年齢とともに強大になっていった。
 橋本の所有する「心を癒やす能力」で尚子に巣くう邪心は消え去った。しかし、進一に対する邪心は邪心ではなく、本心である。愛する進一を犯し、自分のものにしたい、結ばれたい、と思う気持ちは、生来のものであり、遺伝的な輪ね転生の記憶であり、これは消しされない尚子の本心だ。進一が好きだから進一のすべてを知りたい。蜃気楼(しんきろう)の女が抱いていた2000年の歴史が刻まれている記憶である。自分の記憶とは違う大きな力が働いている。進一の自分に対する気持ちを知りたくてしょうがない。
 尚子は進一タイプのドールを作りながら、これを進一に見せたら、進一はどういう反応をするだろう。ずっと、4年間、進一の人形を使って、自分を慰めて来たことを進一に知ってほしかった。それほど、進一のことを思っていた。この気持ちを知ってもらいたい。進一の心を知るためには、ためらわず何でもする、と決めていた。機は熟し過ぎた。このままでは蜃気楼(しんきろう)の末えいとして恥ずかしい。腐って朽ちてしまうという不安が、尚子を前進させる。もう、断崖絶壁の端っこにいる。下がるための崖はない。
「尚ちゃん…… なんかぁー この人形って、僕に似ているような気がするんだけどぉー?」
 進一は作業台の人形に顔を近づけ、熱心に見入っていた。尚子は進一の脇に近づく。
「気のせいよ、全然、似てないわ、どこの部分がそう思うの」
「エェー? どこの部分って? 全部なんだけど…… まるで僕そのものだよねーー でも、どうしたら、こんなに僕と同じに、きみは作ることができるのか、って思うほどに……」
 そう言って進一は人形の下半身を指さし、そばに立つ尚子の顔に視線を移した。

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