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蜃気楼の女

第35章 現代の安田邸

 人形が声を出した。閉じていた唇の動きを見た進一は、顔の表情にも目を見張った。それは生きているようだ。仰向けに寝ていた人形が、体の脇に置いていた腕を動かしながら、上半身を起こしていく。少しずつ両手を背中の後ろに移動させ、上半身を支えているような姿勢で動きが止まった。そろえていた両膝をわずかに開いていく。M字の形にして止まると、太ももの付け根の心棒が少しずつ角度を上げて起立し始めた。やがて、へその部分まで、それの先端がせり上がって腹の皮に先端が行き場を失って止まった。パンパンに腫れた心棒は、さらに起立しようとするかのように、トクントクンと鼓動にあわせ、腹の皮をノックするように動いていた。進一は姿見の前で、尚子を思ってたけ狂う自分を見ている気がして固唾(かたず)をのんだ。
「す、すごいリアルだね…… これって、どうして? ここまで正確に作れるの?」
 そう言いながら、進一は人形の膨れきった肉棒を見て、市場調査しているアダルドドールのことを思い出した。セックスのできる精巧なドールが若者に人気で買われているという報告を部下から受けていた。進一はそのドールの存在を知ったが、実態は不明となっていた。
「これが…… うわさのアダルト・ドールか?」
 進一は、自分に見まがうほど、そっくりに作られた人形の精巧さに驚いた。尚子はこれをどこかから手に入れたに違いない。こんな精巧なものを、自分と同じ体の人形を尚子が作れるはずがない。だいたい、幼かった頃から、いつも後ろから付いてきて離れなかった。進一のそばにいつもいたのだから、人形を作る必要がなかったはずだ。
 しかし、中学思春期の女の子と、いつも一緒に遊ぶのも、同級生の手前、はばかれるので、なるべく、会わないよう尚子を避けた。すると、しばらくして、尚子の母親から、週1回だけでいいからと、家庭教師を頼まれた。

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