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蜃気楼の女

第37章 田所学園長の復活

 櫻子に言ってから、田所はベッドから上半身を上げようとすると、腹筋だけで上体が軽快に上がった。今まで腕で支えながら、ゆっくりでないと上体が起こせなかったことがうそのような体の変化に驚いた。起き上がってから寝間着の襟を持ち上げ胸を見た。盛り上がった大胸筋、くびれた腹筋が見えた。
(そうだ、これは橋本くんの体だ。えっ? なぜ? 私が生きているんだ? 確か、橋本くんに後継者としてここを任せると話した。だから、この体は橋本くんの体であるはず。施術が失敗した? この結果は? 橋本くんはどうした?)
「はい…… どうぞ」
 田所の前に、手鏡を差し出された。思いがけないところから出された手鏡の先を見た。安田尚子だった。いつのまにか、田所の脇に立っていた。櫻子が怖い尚子はベッドから離れて隠れていた。尚子は口を橋本の耳に寄せてきた。
「おじさん…… どう? 学園長の記憶がちゃんと入ってる?」
 尚子が櫻子に聞こえないように小声で話す。その様子を見て、気が付いた櫻子が尚子をにらんだ。
「あんた、何してるの? 平八さんはあたしが最初だからね! 順位が分かってるのぉ?」
「も、もちろんです、櫻子様を差し置いてそんな大それた事などいたしませんから……」
 尚子は心底櫻子に恐怖を感じた。先日、櫻子の怒りを静め、東京の破壊は食い止めたが、いつ、この人の気まぐれの逆鱗(げきりん)に触れ、すべてが破壊されるか気が気ではない。超危険な女だ。そうは思ったが、尚子は櫻子を好きになっていく。なぜなら、櫻子は宮殿で大切に育てられている。蜃気楼の女とは言え、ラービアこと櫻子は国の女たちのように幼少の頃から体を鍛えていない。自分と同じ華奢(きゃしゃ)な体なのだ。だから、体力、筋力のない櫻子は、橋本と数時間にわたり愛し合えない、と見た。

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