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蜃気楼の女

第7章 1996年5月 クウェート

 ジェット気流が激しく、国際線航空機とはいえ、小型ジェット機はガタガタ上下に大きく揺れ続けていた。安田仁ははきそうな最悪の気分だった。狭くて固いシートはうたた寝も不可能だ。喉まで異物がこみ上げてくる不快な感覚を必死にこらえていた。機内に備え付けられたビニール袋を口に当てた周囲の客が、時々、オオオエーという苦しいうめき声を上げる。その声が耳に付き、ずっとムカムカみぞおち付近が落ち着かない。自分まで戻してしまいそうだった。快適な空の旅を楽しむ余裕はなく、やっとの思いでクェート国際空港に予定時間から1時間遅れで到着した。20人ばかりの搭乗者を乗せた機内は、鼻を突く胃液臭でむせ返りそうだった。誰もが機内から我先に脱出しようと急いだ。それでも数人がデッキを降りた途端、緊張感がとけたのか、大地に勢いよく吐しゃした。長く垂れ下がったよだれを手の甲で拭いながら、この世の最後かという形相をしながら、ムカムカが解放されたのか、爽やかな顔に変わっていた。その顔を見て、安田もさっぱりしたい気持ちだった。
 タラップから降りると、はきそうではけないでいるそう白の外国人を哀れに思いながら、慣れた旅と見える地元の搭乗者たちは、出迎えてくれた人々に笑顔で握手したり、ハグしたりし、互いの健勝をたたえ合っていた。既に日没にさしかかった太陽が、安田の脂汗にまみれた額を照りつけた。安田はポケットからひねり出したハンカチで、額を拭いながら頭上を見た。太陽に向かって、フーと大きく息をはき出した安田は、その瞬間、オエエーと叫び、ついに、我慢の限界を超して、その場に座り込むと、地面に勢いよく放出した。はいて一時的に爽快になったが、すぐに、第二波のムカムカが襲来した。
 安田は同乗していた美人キャビンアデンタントに介抱されながら空港の医務室に案内された。安田を支えるために、ナイスバディーの姿態を安田に密着しているというのに、いつもの性欲はとしゃ物とともに放出してしまった。彼はインポテンツになったような暗い気持ちだった。彼の逸物はすっりなりを潜めた。空港の医師から薬を処方されて服薬した安田は、やっと揺れのないベッドに腰を下ろし横になる。まだ、体は揺れを感じているようだ。ぐらぐら、頭の中が回り続けている。薬の効果が現れたのか、搭乗の疲れからか、彼はすぐに、眠りについた。

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