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蜃気楼の女

第13章 児玉進一の幼少期

 珠子はチラシを見ながら記憶をたどり、ナルミとのトレーニングを教えてもらう話を思い出したた。珠子がナルミに訊いてみた。
「ええ、そんな約束していたわね。でも、おなかの赤ちゃんが大きくなってきて、トレーニングは厳しいわ、ごめんなさいね」
 ナルミもまた忘却していたが、それで、珠子は救われた。ナルミを恐ろしい自身の性癖の世界に引き込まれずに済み安堵した。だからこそ、隣家にナルミがいても珠子の息子・進一はごく普通の生活を送ることができたかに見えた。しかし、ナルミを上回る尚子という女の子が誕生し、自分を上回る能力を備えていることに、ナルミも想定外だった。それも、能力者であるナルミにもその能力を感知されない能力は無敵かも知れない。
 翌年、安田ナルミは尚子という娘を出産した。ナルミの長女・尚子は、生まれたばかりというのに、隣家の進一の存在を本能で捕食した。仰向けでベビーベッドに寝ていた尚子は、あどけない顔を隣家の児玉家に向けて、顔を向けると、進一をじっと見つめた。庭でモンシロチョウを追いかけていた進一は、急に立ち止まり、遠くに見える安田邸の窓を見た。
「オギャーオギャー」
 赤ちゃんの泣き声が進一に届いた。5歳の進一はにっこり笑うと、窓に向かって言った。
「あ、尚ちゃんって言うの? 僕、進一だよ、よろしくね…… 」

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