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蜃気楼の女

第16章 安田尚子の目論見

 安田家では、ある日曜日の夕食の時、珍しく安田とナルミと尚子がそろって食卓を囲んでいた。尚子が食べている途中、フォークをテーブルに置いて、父を見た。
「ねえ、お父様、あたし中学2年生で、来年高校受験です。そこで、もっと、学力を付けたいと思っています。それで…… お願いがあります…… 」
 安田は目を大きく開いて、尚子の顔を見た。
「学力を付けるためのお願いか? 尚子もやる気になってきたな。いいことだ、どんな頼み事だ? 」
「取りあえず、学力を上げて、どんな夢にも取り組める可能性を増やしたいの」
「おうおう、そうだね、可能性を高めるのだね、いいねえ」
 顔をほころばせながら安田は首を縦に振りながら、尚子を見た。
「家庭教師を付けていただきたいの、土日どちらか週1回くらい、5教科を教えられる方」
「ほお、なるほど、国立大学を目指すのだね? いいねえ、優秀な先生を探してあげよう」
 安田はそうは答えたが、まったく心当たりがない。しかし、次の瞬間、隣家の児玉進一の顔が、唐突に、浮かんだ。安田は隣に座るナルミを見る。
「ナルミ、隣の奥さんと仲がいいけど、あそこの息子さんって、国立の大学生だったな? 」
 安田は自分でも不本意なことをしゃべっていた。隣家の息子が、国立か私立か、どこの大学生か、今まで気にも掛けたことはない。今まで、尚子をよく面倒見てくれる優しい隣の男の子としか見ていなかった。自分で話していても不思議だった。彼が国立大学に行っていることをさも知っていたかのように話したのだから。
「あら、そうよ、あなた、関心がないようにお見受けしていましたけど、気に掛けていらしてくれたのですね。うれしいわ。進一さん、よく、尚子と遊んでくれていましたから、勉強だって、丁寧に見てくれると思うわ、明日にでも、珠子さんを通して聞いてみますわ」
 二人の会話を尚子は聞いてにっこり笑って、安田に深く頭を下げた。
「お父様、ありがとうございます」

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