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ユリの花咲く

第2章 瑞祥苑

電話を終えて戻ると、佐久間さんが困り果てていた。

山田さんが、トイレに連れていって介助しろと迫っていたのだ。

山田さんのトイレ介助の要求は、尋常ではない。

トイレでズボンを脱がせ、ペニスを持って放尿させろと要求するのだ。

私が来た当初、前のスタッフが『利用者様は神様』とでもいうが如く、山田の要求に従って、機嫌取りをしていた。

私は、それを断固拒否した。

『私たちは不自由な方のサポートをするのであって、風俗嬢ではありません』

前任のスタッフは、ヒステリックに私に噛みついたが、宮沢施設長や佐久間さんは、私を支持してくれた。

その後、山田さんの問題行動も収まってはいるのだが、時折、発作的にこういうトラブルを起こす。


「だからね、山田さん。トイレは自分で行けるでしょ」
説得する山田さんの隣では、拓也が拳を握りしめている。

「じいさん、いい加減にしろよ!」

一触即発の状態だった。

私は拓也と山田の間に入った。

ドン!
と、テーブルに手をつき、山田を睨み付ける。

「実くん、何やってるの?」

睨み付けながら、ゆっくりと、猫なで声でたずねる。

「な、何でもねえよ」

「ちゃんと答えてね。ミ、ノ、ルくん?」

にらみ合いが続く。

私のハラワタは煮えくり返っていた。

このじいさん、女をバカにしやがって!
こいつのせいで、遥が何回涙を流したことか!


やがて、山田が眼を逸らせた。

「ト、トイレに行ってくるよ」

山田は立ち上がり、ヨタヨタとトイレに歩いて行った。

「ごゆっくり~」

佐久間さんは、利用者の間に広がった緊張をほぐすように、おどけた調子で言った。

「拓也君、よく我慢したね」

立ち尽くす拓也に声をかけた。

「ありがとうございます。オレ、有紀さんが来なかったら、多分・・・」

「気にしないで!さあ、レクの続きやろう」

「はい!」

拓也はまたおばあさんの間に入って、ハサミを使い始めた。


程なく、山田がトイレから出てきた。

「おう、諸君!頑張っとるな」

数分前の出来事は、山田の記憶から既に消えている。

「山ちゃん、こっちに座って」

佐久間さんが、手招きした。

山田はヨタヨタと、佐久間さんの手招きする方に行って、またぬり絵を始めるのだった。


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